5月定例会レポート-「朝鮮半島の現状と拉致問題」~荒木 和博 氏(特定失踪者問題調査会代表、拓殖大学海外事情研究所教授)

5月定例会レポート-「朝鮮半島の現状と拉致問題」~荒木 和博 氏(特定失踪者問題調査会代表、拓殖大学海外事情研究所教授)

調査会事務所はこの講演会場の近くです。平成15年(2003)開設、まさか14年間続けるとは想像していませんでした。その間、試行錯誤の連続で今でも解決出来ていないのが現実です。

自己紹介を兼ね、どういう経緯で私がここにいるかご紹介させて頂きます。

横田めぐみさん拉致事件

横田めぐみさんが拉致されたのが昭和52年(1977)11月15日(今から40年前のこと)。その翌年にアベックの拉致、福井県で地村保志(ちむらやすし23歳)さんと浜本富貴恵(はまもとふきえ23才)さん、新潟の柏崎で蓮池薫(はすいけかおる20才)さんと奥土祐紀子(おくどゆきこ22歳)さん、8月12日に鹿児島県吹上浜で市川修一(23歳)増元るみ子(ますもとるみこ 24才)さんこのアベックの拉致があり、その後富山県高岡市でアベックの拉致未遂が起きた。昭和55年(1980)1月7日産経新聞1面にこのスクープ記事があったが後追いがなかった。

現代コリアとのご縁

私は昭和54年(1979)から民社党本部の書記局に勤務し、平成6年(1994)12月に民社党が解党した後、民間の朝鮮半島問題の研究機関だった「現代コリア研究所」で月刊誌「現代コリア」の編集を手伝っていた。

その平成8年(1996)10月号に大阪朝日放送のプロデューサーだった石高健次氏の論文が掲載された。その中には韓国の情報機関から得た情報として、「1970年代後半に日本海側のどこかの県で中学校1年の女生徒がバトミントンの練習の帰りに北朝鮮の工作員に拉致された」との内容が書かれていた。この当時は家族会も救出団体も何もない時代で、詳細なども一切分らなかった。

しかしこのようなことが分かったのであればどうにかしなければならないと考えホームページにも乗せるなどして調査していた所、その年の12月になり名前が特定できた。新潟の中学校1年生横田めぐみさんと分った。「現代コリア」1月号に名前を載せ、西村真悟議員(当時)に対処をお願いした。西村議員は平成9年2月3日に衆議院予算委員会で質問してくださり橋本竜太郎総理(当時)がその可能性も含めて現在調査をしている旨答弁した。同日、「産経新聞」と朝日の「AERA」が実名写真入りで報道(「AERA」は一部地域は既に販売開始)した。

救出活動そして家族会の誕生

この「産経新聞」と「AERA」を持ってソウルに行ったジャーナリスト高世仁氏が亡命した工作員安明進氏ににこの写真を見せたところ、安氏は「この人は見たことがある」と話し、それが週末の「サンデープロジェクト」に報道された。これらが大きな反響を呼び。新潟を中心に救出活動署名活動が始まった。3月には家族会が出来、全国で救出のための運動が始まっていった。以上のように「現代コリア」が起点となって、拉致のことが進んだので私はそれに引き摺られる様な格好で運動をやっていくことになった。

小泉首相の訪朝

しかし当初政府は極めて消極的で、「拉致」ではなく「拉致疑惑」と言っていた。北朝鮮は「一度も拉致などやったことはない」などと主張していた。

それが変わるのが平成14年9月17日の小泉訪朝の時である。北朝鮮は初めて拉致を認め、金正日が小泉総理に謝罪した。その翌月、10月15日、蓮池薫さん、(奥土)祐木子さん夫妻、地村保志さん、(浜本)富貴江さん夫妻、そして曽我ひとみさんが帰国を果たした。

もしかすると、うちの家族も拉致では?

帰国を果たした中に、日本政府(県警)が「拉致ではない」と判断していた曽我ひとみさんが入っていた。それが契機となって失踪者を抱えるご家族が「もしかすると、うちの家族が居なくなったのも拉致ではないか?」と思うようになった。当時私が事務局長をつとめていた救う会全国協議会にも問合せが相次ぎ、手紙、電話、ファックス、E-mail等かなりの数に上っていった。今日会場にお見えの生島馨子さんもその1人で、特定失踪者生島孝子さんのお姉さんで、お配りしたビラの2段目に写真が掲載されている。

最初のうちは調査票(氏名、失踪場所、状況等記載)を記載して頂き送ってもらったが、これがどんどんたまっていった。救う会の方では当時帰国した5人を北朝鮮に戻さないことや、「死亡」と伝えられた横田めぐみさんら8人のことで手一杯の上、本業の大学での仕事も多忙で自分では手を付けられなかった。仕方なく自宅に持って帰り家内に整理してもらった。

その作業の中で家内が「これは絶対に偶然ではない!」と言い始めた。個別に見れば普通の失踪だが、並べてみると不思議な共通点がある。たとえば2段目の左、学生服がならんでいるが昭和42~43年位高校3年の男子生徒で、就職も卒業も決まって、いなくなる理由が全くない人達が集中していなくなっている。それから政府認定のアベックの拉致は1978年だが、1970年代にはそれも含めて男女が一緒にいなくなる失踪が集中している。それから看護士でいなくなっている方が多い。(曽我ひとみさんも看護士)場所で言えば埼玉県川口市や神戸市灘区でいなくなっている人が非常に多い。それらの中には北朝鮮で目撃されている方もいる。

私はこの問題、政府が認めていない拉致問題が極めて重大な問題であると認識するようになり、平成15年に特定失踪者問題調査会を立ち上げ、現在まで調査と救出活動を続けている。前に動ないまま年月が過ぎ、我ながら無力を感じているがこの状況の中で何とか前に進もうと鋭意模索している。

<朝鮮半島を巡る情勢について>

北寄りの大統領が誕生した韓国

韓国は5月9日大統領選挙があり、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が就任した。いわゆる左翼、北朝鮮寄りである。5日後には北朝鮮が弾道ミサイルを発射、30分間800km飛んだ事実は危険な状況で、高高度を飛びイージス艦ミサイルで迎撃出来ない可能性もある。

韓国で北朝鮮寄りの大統領が誕生したら、戦略的には北朝鮮は静かにしていた方が得なはずだ。「北朝鮮寄りの大統領の方が戦争等の危機が来ない!より安全なんだ!」という世論を作ることがいくらでも出来る。アメリカも本当は先制攻撃などしたくないだろうから、北朝鮮が軟化したら話し合いに応じる可能性はある。だから大人しくしていた方が良いのだが、文在寅大統領当選5日後にはミサイル発射してしまった。こうなると文在寅も批判せざるを得ない。北朝鮮に近い政策はより採りにくくなる。

話せる友人のない 金正恩

これはいったい何だったのだろうか。恐らく北朝鮮の中も大変なことになっているのだろう。金正恩(キム・ジョンウン)には心を許す友達がいない。初代の金日成(キム・イルソン)は建国1948年、1994年他界、金正日(キム・ジョンイル)は1970年代前半に後継者に指名された。父親が死ぬまで20年間助走期間があった。

ところが今の金正恩は金正日が倒れてから後継者に決まったため、引継ぐまでの期間が殆ど無い。尚且つ金日成はパルチザン時代からの同志がいた。金正日は中学校からは北朝鮮で学校に通っており同級生もいる。しかし金正恩は平壌(ピョンヤン)では密封教育(家庭教師で教わる)、1990年代はスイスに行き偽名で学校に通っていた。

つまり同世代の学校の同窓生のような気を許して話せる相手がいないのだ。「金正日の料理人」こと藤本健二氏が著書の中で「なぜ年の離れたおじさんにフレンドリーに接するのか?」と疑問に思っていたが、同世代の友達がいない。だからかえって外国人の方が信用できるのだと書いていた。

金日成 の姿を真似る 金正恩、 そしてコンプレックス!

金正恩は急に指導者となった。元々は痩せていたが、今は100kgを超えているだろう。あれは金日成の姿形を真似て、体型も変えて髪型も真似て祖父のカリスマを利用しようとしたのだ。この人の母は高英姫(コ・ヨンヒ)と言う大阪在日出身で、在日は本国では身分が低い。この為親の名前は出てこないし彼の誕生日等祝いや式典も行ってない。金日成、金正日の誕生日は国民の祝日だが、本人の誕生日はなにもしていない。本人はさまざまな形で不信感やコンプレックスの塊になってしまっている。

金正恩はとにかく強硬に行動する!

金正日は自分が倒れて金正恩を後継者にするときに若いから心配なので後見人をつけた。これが金正日の妹 金敬姫(キム・ギョンヒ)とその夫張成沢である。最初は上手くいったが、結局張成沢を殺してしまった。軍の幹部も何人も粛清されており「ひょっとしたら次は自分ではないか?」の恐怖感がある。

彼自身も「ちょっと気を許せば寝首をかかれるのでは…」との思いがあり、強硬に行動するしかない。アメリカや日本に妥協しようとすれば「うちの親分は弱気になったのか?」と思われるようになる。場合によってはそれまでの恨みが噴出するようになり、今の状況を変えることは出来ないのだと思う。

アメリカは本音は朝鮮半島に関わりたくない。しかしミサイル発射があれば放っておけない。あまつさえトランプ政権はこの20年間のアメリカの北政策は間違っていたと言ってきた訳なのでそれを急に変えることも出来ないはずだ。

仮面夫婦の関係「北朝鮮-中国」

中朝両国は微妙な関係。ある意味では仮面夫婦のようなものと言えるのではないか。表面的には同盟国だが、内心ではお互いに嫌っている。

朝鮮語に「テノム」と言う言葉がある。中国に対する蔑称である。「垢のついた汚い奴」と言う意味だ。北朝鮮からすると、中国は我国の資源を皆もっていってしまうと批判する。一方中国からすると北朝鮮は何をやってやっても感謝をしないということになる。しかし地政学的なものの宿命で、北朝鮮が無くなると韓国が吸収統一して米国の同盟国が中国国境線までやってくる。中国としてはこれは許しがたく、北朝鮮を手放すことが出来ない。

情けない日本政府の対応!

日本は何かあると官房長官が出てきて「情報の収集に全力をあげています」と言うのみで終わってしまう。では何をするかというと何もしない。

「拉致被害者の救出で自衛隊を使えないか?」という議論が度々でる。「金正恩暗殺等で北朝鮮国内が混乱したとき拉致被害者救出で自衛隊が派遣できないかという質問が国会でもたびたび行われた。その時の政府答弁は「当該国の承認が必要である」で、つまり「北朝鮮が拉致した人を取返しに来て良いですよ」と認めたら行けるというものだ。「自国民救出のための軍の派遣は国際法上は認められるが我国は憲法の制約があるから行けない。だからアメリカに情報を提供している」という情けない答弁を安倍総理以下閣僚が行っているのが我国の現況である。

ボヤボヤしてれば、蚊帳の外!

朝鮮半島問題というのは北と南だけで完結すればいいのだが、「碁」に例えると白と黒の碁石で碁を打っている内に、横から、青い碁石、赤い碁石、黄色い碁石がどんどん置かれていく。日本でも碁石を置いていこうとしないで「このゲームの進捗を見てましょう…」と言っていると、どんどん石が置かれてゲームセットになってしまって何にも出来なくなる。今それに近い現状になりつつあるというのが現状でないだろうか。

なぜ拉致被害者が取り返せないのか?

拉致問題はもちろん北朝鮮が起こした問題だが、これは日本の国内問題でもある。

たとえば横田めぐみさんの拉致に関し特定失踪者問題調査会では3月に特別検証を行った。このとき検証されたポイントは2つある。1つは、日本政府は最初からこの事件は拉致だと解っていたということ、2つ目は拉致された場所が今まで言われてきた場所と違うということである。

警察は昭和52年(1977)11月15日の失踪後にご家族から連絡を受けて捜査を開始するが通常の誘拐事件であれば当初は警察が動いていることが解ると、犯人が誘拐者を殺してしまう恐れがあるので秘匿捜査になる。しかし、横田めぐみさんの時は直ぐに所轄の新潟中央署全署員に非常呼集をかけ翌朝5時からは県警の機動隊が出て捜索を行っている。近所の人も「何をやっているのだろう?」と感じるほどだった。普通の誘拐事件ではありえないことだ。

さらに、翌16日、身元不明の若い女性の遺体が横田さんの自宅から7km位離れた海岸で見つかる。その時点では身元不明だったが翌日新潟市内の専門学校に通う女子学生であることが分る。遺体が発見された時点でめぐみさんは失踪しているのだから、普通ならご家族に確認を求めるはずだが横田早紀江さんにそのような記憶がまったくない。警察は初めからめぐみさんが拉致されたと分っていたので、当初から身元不明遺体が別人であることが周知の事実だったために確認も求めなかったと考えられる。

当時の新潟中央署長は今から9年前、横田めぐみさんのご両親に新潟で会って「いなくなった時から、あの人たち(北朝鮮工作員)の仕業だと思っていた。ずっと表に出せず申し訳なかった。私が生きている間に伝えたかった」と述べている。その後記者には「めぐみさんが日本にいる間に保護・救出できなかったことが、結果的 に31年という年月につながってしまった」と話している。結局、この有名な横田めぐみさんの事件ですら、最初から分っていたという話はまったく隠されてしまった。

拉致認定の実態と現実!

横田めぐみさんのことで隠しているのだから、他の事件に関してはおして知るべしである。政府が認定している拉致被害者は17人だが、実は警察が調べて「これは間違いなく拉致です」と発表した例がどれくらいあるかご存知だろうか。実は事実上1件もないのだ。

アベック拉致は「産経新聞」の報道が最初、久米裕さんは朝日新聞が報道、ヨーロッパから拉致された有本恵子さんたち3人は、その1人、石岡亨さんの手紙が札幌の実家にきて有本さん、松木薫さんと一緒にいるということが書かれていて分った。

田中実さん拉致は 月刊「文芸春秋」に掲載された元工作員張龍雲氏の手記で明らかになる。松本京子さんは救う会が拉致ではないかと明らかにした。曽我ひとみさんは政府が言わないのに北朝鮮側が出してきた。お母さんのミヨシさんは「ひとみさんが拉致されたとき一緒にいなくなったのだから拉致だろう」ということで拉致認定された。

なかなか認定されないという現実

政府は、要は認定したくない。認定すると、たとえば「生島孝子さんを拉致認定する」と言えば、マスコミは「なんで今認定したんですか?」と政府に聞く。「隠してました」とは言えない。「これまで分りませんでした」とも言えない。

平成16年以後の認定は田中実、松本京子さんの二人だけだが、この認定の時に警察はどういう理屈を使ったかというと「話題になる前から着目していた。捜査はしていたが決定的な証拠は出なかった。今回新たな証拠が出てきたのでこれを認定した」ということだ。つまり民間団体が出してきたので知った訳ではなく自分達(警察)は最初から知っていた、なかなか証拠が出てこなかったがやっと証拠が出て来たので認定したという論理である。

また、数が増えれば増えるほど、外務省は外務省で交渉するのに ハードルが高くなる。相手側が「また人を増やしたのか?」といって交渉に応じなくなるので、とにかくやりたくない。というのが現状。これはまったく変わってない。

作られた拉致現場、実態への思い込み

拉致というと「海から上がってきた工作員が歩いている人を捕まえていきなり袋にいれて連れて行ってしまう」といったイメージが多いと思うがこれは全くの思い込みというか情報操作のようなものだ。

生島さんがいなくなったのは東京都内、横田めぐみさんも新潟だから海というイメージがあると思うが、資料にある如く海とは関係のない場所で捕まって車に乗せられて、そこから運びだされた。特定失踪者は日本中の殆どの県で出ている。日本海だけに多いという訳ではない。拉致をするのに、海から上がってきた工作員、これは労働党作戦部の人達がメインだが基本的に運搬するのが仕事、上陸してから何かするのは通常の任務にはない。

本当に問題なのは「姿の見えない国内の拉致協力者!」達だ!

海から上がってきた工作員が田舎の街中をのこのこ歩いていたら直ぐに怪しまれてしまうし状況も分らない。要は車を運転したり待ち伏せしたりするのはその周辺に住んでいる人間でなければできないということである。日本国内で協力している人間が、その人達が、対象を物色したり待ち伏せしたり騙したりして連れて行くと言うようなパターンである。

例えばものすごく親しい人の話であればご家族とか周りの人にその人のことを話す可能性がある。逆に全く知らない人で道端で声をかけられて「ちょっと来てください」といわれていく人はいないと思う。その中間の人、例えば取引先の人、名前と顔は知っている程度の人から声をかけられれば応じるかと思う。そして部屋に入ったところで襲われ、当て身を食らわされるか眠り薬をかがされ、箱に入れられて運び出されてワゴン車にでも乗せられればそのまま連れて行ける。

スパイってどんな人?

そういう人間がいれば拉致はいくらでも実行できるのである。日本国内に正規の工作員教育を受けて破壊活動から何から一通りのことができる工作員は200人位ではないだろうかと言われ、補助工作員、協力者を入れれば4桁はいるだろうと推定される。それはごく普通の顔をしてそこら中にいる。

友人に元工作員だった人がいる。彼は「スパイってどんな人か?」と聞かれて「いい人ですよ」という答えた。いかにも怪しそうな人はスパイはできない。ごく普通の感じの、目立たない人間がそういうのに適している。そういう人間が日本国内にいて拉致をしていくと言う様になっている。

各県警のホームページ参照を!

政府が認定している17人が被害者の大半かというと、これもお話した通りそうではない。政府の方も「これはいくらなんでも現実と離れている」というのが分っていて、今警察では拉致の可能性の排除できない失踪者として全国で883人という数字を挙げている。各県警のホームページで「拉致の疑いが排除できない失踪者」で検索すると資料が出てくる。

実際の数を聞かれれば「少なくとも100人以上おそらくはそれより遥かに多い数」と答えている。中には騙されて自分で行ってしまった人もいる。有本恵子さん等ヨーロッパで騙されて自分の足で北朝鮮に入って出れなくなってしまった人もある。こういった人も実は沢山いると思う。

また北朝鮮にシンパシーを感じていた可能性ある人もいる。よど号の妻も大部分は北朝鮮シンパだが、まさかずっとそんな所に住んで、よど号グループと結婚するとまでは想像していなかった人が大部分だ。そういった人達を入れれば相当な数になるだろう。

今もありうる拉致の恐怖

「拉致の件は昔の話だ」というイメージがある。しかし北朝鮮はこれからもやる可能性はある。日本国内に協力者は山ほどいる訳だから「こういう奴を連れて来い!」となればかなり簡単に出来る。この飯田橋の駅前でも簡単に出来る。

被害者の救出というのはただ単に拉致された方が気の毒だからというだけではなく、自分達を守るには拉致被害者を助けるしかないということだ。「日本と言う国はいくら拉致しても取り返しに来る」「拉致をしたら酷い目にあう」と思わなかったらいくらでもやる。

拉致が何十年も続いてきたのは、いくらやっても何にもやらなかったからだ。逆に警察が隠してくれていた格好になっている。北朝鮮にとってはこんなにありがたいことはない。

ご参加下さった被害者のお話

<ここで東京で拉致被害にあった、生島孝子様のお姉様にお話を頂いた。涙の出るようなお話で、「帰国を夢見ていた母も他界、拉致対策担当大臣も新設され、予算も沢山とっているのに…何も進まず、生かした使われ方をしているのか本当に残念だ!」とお話があった。>

いったいどうしたらいいのか?

現在は、①警察の捜査→②政府が認定→③外務省が交渉→④上手くいけば帰国、の手順だが、最後まで行くことはまずない。

警察への失踪者届けは年間9万人位おり、大部分はそれほど時間がかからずに情報が出てくる(家出してどこかで働いていた等)。だから失踪者がある程度以上の年齢の場合は警察は殆ど何にもしてくれない。この状態で20年30年経てしまってから、「これはひょっとしたら拉致でないか?…」と調べようとしても証拠など出てくるはずはない。怪しいと思っても立件に値する証拠はまず殆ど出てこないだろう。出てこななければ政府は認定しない。そして「拉致されているから返せ」という交渉の対象は認定者だけである。

しかも外務省は「基本的には解決する為には話し合いしかない」としているから交渉しかない。平成17年に細田官房長官(当時)が参議院で「具体的にどうやって拉致被害者をとりかえすのか?」という質問に対し「先方も政府で、彼らのこの領土の中においてはあらゆる人に対する権限を持っておりますので、これは我々が説得をして、そして彼らがついに、実は生きておりました、全員返しますと言うまで粘り強く交渉をすることが我々の今の方針でございます」と答弁している。本当だったらこの答弁だけで内閣1つ吹っ飛んでもおかしくない問題だと思うが、だれも問題にしなかった。

拉致は「安全保障上の問題」だ

こんな状況だから、拉致された人は帰ってこない。

「安全保障上の問題だ!」という大切な視点が全く抜けている。自衛隊などは拉致問題には全く使わないというのが前提になってしまっている。冗談の様だが、日本政府が拉致問題で初めて自衛隊を使ったのは今から4年位前、政府主催の拉致問題のコンサート、海上自衛隊の歌姫といわれる三宅由佳莉3等海曹をよんで歌わせたときである。

とにかく拉致被害者を救出しなくては!

ともかく北朝鮮に被害者がいるのだから、取り返すことが前提である。ある方法が駄目だったら他の手法を考え進める。しかしそれをやってきてないのが我国の政権の現実なのである。かつての自民党政権も、民主党政権も、今の安倍政権もこの点は同様だ。

解決方法の模索

解決方法は、1つ目はお金(身代金)だが、やりたくないし今はなかなか難しい。2つ目は制裁措置とのバーターで、今日本政府がやっているのはこれだが、北朝鮮はそう簡単には応じない。3つ目は被害者を中国に逃がすという方法、これは日本人では成功していないが韓国人拉致被害者では何人か成功した人がいる。国境の朝鮮族の人達等ルートを使って情報収集し瀋陽の総領事館等を使って行う方法である。最後は実力による救出である。

いろいろな方法があるが、それとは別に金正恩体制が崩れ、北朝鮮が混乱状態になったときの救出も考えなければならない。これには実例があり、イラクでフセイン政権が崩壊した後イラクにいた日本人ジャーナリストを自衛隊が輸送している。

このときはイラク政府の了解は得られてない。イラク政府が倒れて国連の暫定統治機構があったのでそれが了解したということで行った。同様のことは北朝鮮の体制崩壊時でもできるのではないか。

千万一隅のチャンスへの準備を!

このようなことをやるためには今から周到に準備しておかなければならない。例えば自衛隊の船を送るにしても、どこへどのようにしてといたことをシミュレートしておかなくてはならない。その地域のことも調べ上げていなくてはならない。もちろん拉致被害者の居場所も特定すべく情報収集しなくてはいけない。

よく「憲法に問題があるから拉致被害者を取り返せない」という議論があるが、憲法は国民の為にあるものだ。憲法が国民を救う障害になるということはあり得ないのであって、その常識が憲法より優先するはずである。

とにかく八方手を尽くして救出の手を!

自分が代表をしている予備役ブルーリボンの会では自衛隊を使った救出のシュミレーションを現行法でできること、法改正をすればできることに分けて行っている。興味があれば予備役ブルーリボンの会で昨年上梓した『自衛隊幻想』(産経新聞出版刊)を御一読いただきたい。

いずれにせよ、最後は「トップの決断、総理大臣の決断」である。例年の拉致被害者の国民大集会をみても、以前より安倍首相は興味が薄くなっているように思う。しかしどこかに穴が開けば事態が急展開する可能性もある。是非皆様のご協力をお願いしたい。

(講演の内容を起こしたものに講師が加筆しました)

 

特定失踪者問題調査会 ホームページ  http://www.chosa-kai.jp

予備役ブルーリボンの会 ホームページ http://www.yobieki-br.jp

「荒木和博ブログ」 http://araki.way-nifty.com/araki/